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思いつきと気まぐれが良い響き。だからといって自由なわけでもないけれど。

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ウインカーランプ交換更新していなかった10日+αの日々、書くことよりも読むほうがお好みでした。

左フロントのウインカーランプが球切れをしたので交換したり。以前ヤフオクで落札していた予備カウルに付いてきたパーツごと移植。なので今回の費用はゼロ。

 

そういや、フロントカウル2つ余ってるんだよなあ……( ;^^)。天井から吊り下げて視姦してやろうかと。

あれ?!ちょっと目を放した隙にロッシがライブタイミングから消えた。。。おいおいこのタイミングで勝てないってのは今年の行方を決定付けたりしないか?

終わった後に詳細は確認するとして、今更ながら思うのはMOTOGPクラスのエントリー台数、F1よりも少ないんだなあ。動く映像が見たいよおお、F1は見るけどオーバーテイクの興奮を全然味わえなくてツマンネーんだよ。広い道幅いっぱいに繰り広げられるバトルが見たい……。

話題を振り回すけれど、運転の上手い下手は素人レベルだと愛情に比例するなあ、と。今日は久しぶりにクルマ(アルトラパン)を運転したんだけれど、どうもクルマの車幅と右に片寄った乗車位置がしっくりこない。狭い道の対向車の処理なんかは大の苦手で、うんざりする。自分の所有物ならまた気持ちも変わるのかもしれないけれど、生まれてこのかた、自分名義の四輪を購入した事の無い僕は全天候対応型のこんなに便利な乗り物を愛する事をいまいち出来ないのでした。

ちょっと憂鬱な気分。それは明日の仕事が負け戦になるかもしれない不安からなんだけど、まあなんとか努力をしてみよう。落ち込むのは明日が終わってからでも遅くないよな、うん。

月、火と東京出張。前向きな気分に切り替えていきますか。

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2007年からMOTOGPの最大排気量が現行の1000cc→800ccになる件で、レーサーイメージで売っているカテゴリーの各メーカー製品は順次、800ccの公道マシンを発売する事になるんだろう。でもあんましピンとこないなあ、いっそのことナナハンにすればメーカーとしても売りやすく、消費者にとってもとっつき易いと思うんだけれど。

一足先に3リッターV10エンジンから2、4リッターV8エンジンになったF1の場合は、同じカタチをした四輪が公道を走る事がないので(クルマというよりカートの親玉みたいなものだし)、直接イメージを引き継いだモデルを売る、ってのが不可能だ。そもそもそんな製品売れるのか?まあおそらく売れないんだろうけど( ;^^)。

んで何が言いたいか。企業の利益に貢献するほどではないにしろ、グランプリマシンのレプリカが発売されていて結構多くの物好きがそれを購入し、その価格がカローラ1台分ほどで提供されているバイク乗りたちはクルマ好きな人とは違う夢を見ることが出来るわけで、結構幸せかも。

でもそのバイクを餌に女性がついてくるわけでもないからその幸せは孤独だったりして。

そんな幸せをカローラ1台買えない僕は、250ccだろうが1000ccだろうがちょっとトルクがあってほんの少しスピードが出るだけであまり変わらないんじゃないのと強引に自分を言いくるめて、せめてベッドの中では夢を見たいと思う(T.T)。

いや、正直乗りてぇよヾ(>y<;)ノ。

ホントはGW中に行きつけのバイク屋さんで交換しようと思っていたエンジンオイル。

タイミングが悪い事に雨が降ったりしたこともあって、今回は自分で。(かなりドス黒いオイルがドレンボルトから出てきたりしたけど画像はありません撮るの忘れたorz)

今回の銘柄はホンダS9。まあホンダ純正入れてみようかと。安かったのもある( ;^^)。ちょっと値札のシールが黄ばんでたのが気になるッちゃー気になるけど(製造年月日が古いという事だよな)、モノは試しだし。

銘柄を変えるので一緒にオイルフィルターも購入。作業はドレンボルトが固かった以外は問題なく終了。

今回の費用

ホンダ ウルトラS9 1ℓ ¥1449-×3=¥4347-

キジマ製オイルフィルター ¥945-

計 ¥5292-

走行距離 33346km

いつもはニューテックオイル1ℓ¥2520-を使っているので化学合成油→鉱物油に。価格もダウンでグレードもダウン。ただオイルは合う合わないもあるから少し様子見。

交換後40km程走ってみた感じでは少し……シフトチェンジが重いかな。違いの判らない男の印象では、だけど。

あっと言う間に1週間終わってました、そんな感じ、それだけだなぁ。

えーと、「数学という学問は0と1のみで世界を表現する芸術」らしい。これを知った時には理系の人間にもロマンチストがいるもんだなあと思ったものだが、じゃあその数式を僕が理解できるかと言えばそんなことも無いわけで。ただ単にその言葉の響きが質の高いキャッチコピーとしての印象にしかならない。確かにOnとOff、ストップ&ゴーを繰り返していけば、そういう風に一つ一つ決着を付けていけば、曖昧な事柄を形あるものとして、思い悩む事も解決して行けるのかもしれない。

僕の通っていた小学校は近くにスキー場があって、高学年対象で冬になるとちょっとしたスキー実習のような行事が行われていたのだけれど、そのスキー場は1シーズンずっと積雪が保たれるような標高ではないのでタイミングが合えば、そんな不定期なイベントだったように思う。運良く5年、6年の時には連続で行われたのだけれど5年生の時に出来たことが6年生になって全く出来なくて混乱した記憶がある。スキー板を揃えてターンして、揃えたまま止まることが出来たかっこいいイメージのまま6年生になり、そうしようとしたら曲がらなくて転んでしまって、結局ハの字でしか止まったり出来なかった。一年でそんなに技術が落ちるわけもなく、大体からして5年生の時に始めてスキーをしたのに、である。おっかしいなあと思いながらも最後までそのギャップは埋まることなく終了した。普通に考えれば昨年の記憶は勘違いで、「夢に見た理想の滑りを混同していました」と判断するところだけれど、妙にその記憶は鮮明で、先生の話した事から他の生徒にぶつかりそうになった事まで覚えているので、今でも只の作り話か下手になっただけなのかどっちなんだかよく判らない。

これは僕にとって曖昧なものの最たる例で、こんなに落差のある体験は今まで生きてきた中でも飛びぬけている。「去年は出来てたよね?」と周りのみんなに聞いて回ったけれどそれこそ曖昧な返事しか返ってこなかったので、今でもハッキリしない。

1と0、有か無の基準で表す事が出来たなら簡単に終わってしまう話になるんだろーなと。元々下手でした、夢と現実を混同して勘違いしてました、となればスッキリするんだけれど、僕だけに都合の良い世界でもないわけで。

自分から見て遠いところ、それは時間でも距離でも大きさ(宇宙とか原子とか)でも、離れていけばいくほど関係性が薄れていくような、自分の手で「何とかしてやろう」その手出しが出来ない空しさを感じたりもするけれど、実は、その及ぼす影響は、最愛の人の意見と同じくらい密接な力を持っていたりするのかもしれない、とか。

僕は近視なので、裸眼で生活すると手の届く範囲くらいの情報しか焦点が定まらないので人より狭い世界に生きているのかもなー、そういう「遠さ」も時々感じる寂しさの原因だったりするのかもしれない。

数学に関する言葉を冒頭に持ってきておいてなんだけど、まー科学とか技術とかも人間の感覚器官を発展させた、いや特化させた観測機械で宇宙を視たり、原子を見たりしているはずなので、感じられない「無い」ものはそこに間違いなく「在る」ものでも永遠に空振りし続けるのかもなー、と観測手段からして自分自身によって隔離された世界で生きているからこそ寂しさを想うことが出来るのだ、と理論は何もないけどそう思います、ハイ。

(小学生は自分まで騙す、ってことか)
(まあ、無駄な光を放っている遠くの恒星みたいな記憶……とでも)

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