2/子供の夢で出来ていない
1.
「それであんたは何なわけ?」
校舎の中、西南の角に位置する2階の音楽室。約束の時間に少し遅れて現れたそいつはいつも通りどこか捉え所の無い佇まいである。
休校日の今日、学校内にはクラブ活動の顧問担当教師くらいしかいないだろう。
「――僕の事を何だと聞かれたら答えは一つしかないね。何度か君には伝えているはずだが」
「……『ボクは変身ヒーローですぅ』って?あはは、そんなのまともに信じる奴がいたらちょっとお近づきになりたくないわね。私が知りたいのはその過剰なキャラをどうして演じてるかってことよ」
「そうか。お近づきになりたくない人間が受け入れている僕という存在と、君はお近づきになっているということになるのかな?……うん、それはまた興味深い関係だな」
「話をはぐらかさないで!質問に答えなさいよ」
「そうか、じゃあ答えよう。――僕は変身ヒーローだ」
「あのねぇ……」
はーっ、とため息をついて私、菅野香住は長机の椅子に腰掛けた。目の前で憎たらしく無表情で突っ立っているそいつと知り合ったのはごく最近の事である。……いや、知っていたけれどこんな奴だとは知らなかったという、説明しにくい間柄ではある。
「あのさー、そういうの、疲れない?」
頬に手を付きながら窓の外の夕日を見るともなしに聞いてみた。どうせ『ヒーローは疲れない』とか言うんだろうなと思っていたら、以外にも深刻そうな声でそいつは返してきた。
「そうだね。色々と苦戦する事もあるし、〝悪役〟はあなどれない。いつも紙一重の差で決まっているんだと思うよ」
また、それらしい発言ではあったが、口調には誠実さがあった。少なくともそう感じるのは、私がこいつのペースに引き込まれ始めているからだろうか。……駄目だ駄目だ、そもそも突っ込みどころの多すぎる内容を自然に受け入れられるようになったら私も同類になってしまう。さすがにまだ人生捨てたくないし。
「悪役ってさぁ、何処にいんの?大体変身とか意味わかんねーわよ」
これは答えに困るだろう、と少し意地悪な気持ちになる。
「信じてもらう必要はないんだ。ただ受け入れるか、そうでないか、それだけしかない」
はーっ。私は盛大にもう一度ため息を付く。初めて会話した時からちっとも進歩が無い。この話題はどこまでいっても終わりがないことを再認識した。……何だか馬鹿らしくなってくる。
室内には濃くなってくる夕日の赤と、グラウンドから聞こえる途切れ途切れの声だけが届いていて、それが余計静けさを増しているように感じる。なんだか平和だなあ、と目の前のこいつが言っている事とは正反対の事を考えていると、
「変身ヒーロー、の事を知りたいんだったらこの本を読めばいい。まあ僕には当てはまらない事の方が多いかもしれないが、参考にはなるだろう」
足元に置いていた鞄から取り出して、そいつは私に一冊の本を指し示した。学校の図書室から借りてきたんだろう、[舞姫高校所蔵]と印刷された管理用のバーコードが裏表紙に貼り付けられていた。あまり気は進まなかったが結構なページ数のある分厚い本をペラペラとめくってみる。――題名は〝ヒーロー真髄〟と書いてあり、長年ヒーロー物の特撮俳優として演じてきた著者がヒーロー像に対するこだわりを羅列している内容らしい。私が一生手に取る事の無かったであろう本だ、ということだけは解った。
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