僕は割と意見の合わない人に恵まれているようで、そんなときは大体相手が主張する事の方がみんなに理解を得易いとは思う。だからまあ、時間ばかり過ぎていく噛み合わないやり取りを避けようと思ったら、引くしかないことが多い。大げさに言えば相手は一人じゃなくて、後ろに-賛同するであろうだれか-を引き連れているわけでこれは何分分が悪い。
歴史を紐解くまでもなく賞賛される人物は独自の視点で物事を捉えた生き方をしているわけだが、そーゆー人は多勢に無勢の環境を乗り越えて、ほかの多くを(時には全てを)諦めて自らが常識をかき回し、そして後々には一般的で平凡なものにしてしまった、とか考えると結局、成功したような失敗したような。抗う気持ちが動く力になっていたのに、ただ頃合を計って取り込まれただけなのかもしれない、とか。
いまいち諦める能力に欠けている僕とは違って、うまい具合に「諦めて」また前に進むんだろーなと勝手に他人の行く末を心配するのも人生の暇潰しにはいいのかもしれない。
(なんかやる気が伝わってこねー文章だな)
(体調は嘘をつかないよな、と……)
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