「でも、お父様の財産も引き継がれているとちょっとお伺いしたんです。失礼ですけど、そういう事もお仕事を続けられるのに役立ってるんじゃないんですかあ?」
「……親の財産は他の血縁関係に任せたので、私にはあまり回ってきては無いんですよ。細々とですけど一応自分の収入で暮らしてますから。この車も買い換える事が出来ないので長年乗ってる状態ですけど、はは。でも一体どこからそんな話聞かれたんですか?」
「主人が建築関係で働いてましてそういう関係で、少し」
「ああ、そうでしたか。うちの親がなんて言われているか怖いなあ」
「不動産に関わる人間なら知らないものはいない、とかあ、なんか伝説的な人物っていうんですか?そういう風にお聞きしましたけどお」
「伝説的、ね――。いや私もよく知らないんですよ。不肖の息子というやつでしてね、ほぼ無視されてましたから、三倉家から」
「ホントですかあ~?」
噂好きな女性の好奇心というやつだとは思うが、親父の関係に触れられるのはあまり気分がよくない。表立って会社を経営していたとかそういうわけじゃない癖に、今でもその名前が影響力を持ち続けているらしい。親父の仕事には興味が無かったので実際よく解らないんだが、印象としては人間の虚栄心に入り込んで権力を操るブローカー、そう理解しているつもりではある。とにかく何にでも関わり、自分でも全てを把握していたとは思えないほどだったが、しかし――総合的な状況に対しては――掌握し、流れを操るのを楽しんでいるようではあった。親父が死んだ時、相続問題でやっぱり揉めたが何しろ会社とかそういう継続する、という〝形〟を一切作ることをしなかったので、影響力とか権力とかそんなものだけを引き継ぐのは難しく、結局残した財産はバラバラになってしまったらしい。俺は直取引しかしていないのでそういうゴタゴタに関わることはなかったが、遺産は未来の可能性がない、消費されるだけの形で、あるものはそれを元手に会社を作り、あるものは大事にしまい込む、そんな収まり方をした。親父のやってきたことはそこで完全に途切れてしまった。
「そう言えば三倉さんの小説、読んだ事ないんですけどお、今度本屋さんに行ったとき探しますから、タイトルとか教えてもらえません?」
話題が変わったので少しほっとしつつ、
「私の書いてるのは思春期の少年少女向け、というやつですから、鍋島さんがお読みになってもあまり……と思いますけど、ちょっとアニメチックなイラストが使われているような」
「あ、ああ、そういうのねぇ。確かに私には興味がないかもしれないです、ねぇ」
やはりちょっと引いたような表情になった彼女をみて、こういう形から入るタイプの人の反応は寂しいものがある、と思いながら、
「俺は子供も大人も、みんなに読んでもらうために書いてるんだがなあ……」
口の中で、もごもごと声にもなっていないような呟きを漏らす。
「え、なにかおっしゃいました?」
「いや、済みません、もうそろそろ家に戻らないといけない用事がありますので、失礼します」
俺がそう言って車に乗り込むと、後ろの方でお喋りをしていたママさんたちも「じゃあそろそろ……」と挨拶を交わしながら解散していく。
タイミングを逃して一人ぽつんと残る形になった鍋島さんがバックミラー越しに写ったが、グループのリーダー格である彼女の姿が何だか――置き去りされた人形の様に虚空を見つめているような、そんな空っぽな感じがした。
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