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思いつきと気まぐれが良い響き。だからといって自由なわけでもないけれど。

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2-04

 「……無かったよな、たぶん」

 公園の広場のベンチにどっかりと腰を下ろすと、潤はそう呟いた。広場のベンチは鉄製だった黄色のベンチとは違って木製で、背もたれもついている。

 普通に歩けば十分弱の道のりをたっぷり三十分かけて隅から隅まで探したつもりである。

 ……しかしそれらしきものは見つからなかった。何度か銀色に光るものを遠くに見つけて期待をしたが、近寄ってみると空き缶の底の部分だったり、ガラスの破片だったりした。その度に所々に設置してあるゴミ箱まで捨てに行ったりして公園の環境美化には役に立ったけれど。

 広場を見回してもまだ本上の姿はない。ベンチに座っている潤から見えるのは話しながら歩いているジャージ姿のお年寄り三人と、崖になっている奥の突き当たりに作られている柵に手をついて海を見ている小柄な学生が一人。右斜め前で背を向けているその後ろ姿だけで学生だとわかったのはブレザーを着ていたからだ。

「高校生かな、中学生かな……おじいさん達はウォーキングかな」

 どうでもいいそんなことを考えた。

「疲れたあ……」

 潤としたら、市内のメディアホールに行って帰ってきただけでもかなりの疲労だった。CGアイドルのバーチャルコンサートの開始時間に遅れないように電車を選んだのだが、帰りに予想以上の混雑で途中まで座る事ができなかったのも疲労が増した原因だ。

 それに加えて本上のブレスレット探しである。本上に協力する気は十分にあったのだが、ベンチに座ってしまうと今日一日の疲労がどっと襲ってきて、立ち上がる気力が無くなってしまった。

(ごめん、本上)

 ここではいったん休憩するだけで、それから反対側の道に行って本上と一緒に探そうと思っていた。でも一生懸命探したし、本上もいいって行ってたし、と心の中で言い訳をすると潤はベンチの背もたれに身を預ける。

 だらりとした体勢で景色を眺める。海の上の空が赤みを帯びていた。今日は夕焼けになるなと思った。ぼんやりといろんな事が頭に浮かぶ。

(何も言えなかったな……)

 いつの間にか潤は電車の中で席を譲ってくれた女の子のことを考えていた。

 彼女が降りたのは山側の駅だった。この公園はそこから坂道を500メートルくらい登ったところにある。マンションが建ち並ぶのは駅から降りてすぐの場所だ。

「もう一度会いたいな……」

 言ってしまってから潤は自分でも驚いた。そんなことを思っていたのか?会ってどうするんだ?……考えてもわからなかった。あまりにも自然に口から出たから。

 潤はうつむいて地面を見ていた。近づいてきた人影があったのには気が付かなかった。

「……ここ、いいかな?」

 潤はあわてて振り向く。突然かけられた声に恥ずかしいほど大げさに反応してしまう。

「は、はい!」

 相手は潤のその態度にはあまり関心を示すことなく、隣に腰を下ろした。

「ありがとう」

 潤の方に軽く頭を下げたのは、三十歳くらいの男だった。細身の体型が窺える体にフィットした服は上下とも黒で統一されていて、長めの髪を無造作に分けた端正な顔には穏やかだが隙の無い笑顔が浮かべられていた。

 潤はその笑顔を見た瞬間に苦手なタイプだ、と思った。

「あの、他にもベンチはあると思うんですけど……」

 ぎこちない笑顔を返しながら遠慮がちに言う。広場には他にもたくさんのベンチがある。そしてそのどれにも人は座っていない。

 男は笑顔のままで訊く。

「迷惑かな?そうなら移動するが……」

「あ、いえ、そんなつもりで言ったんじゃないんです!ただ、他にもベンチは空いてるし、わざわざ邪魔な僕の隣に座らなくてもいいんじゃないかなと思ったもので……」

 弁解する潤から目を離し、男は前方を見る。

「ここから見える景色が一番好きでね。特に今日は滅多にないほどの夕焼けが見られそうだ。来て良かったと思うよ」

 少し大きな声で男は言う。

 潤は、男が自分の話を聞いてないような気がした。今の台詞も自分に向けられたもののような気がしなかった。

 男の態度が自分を見下しているようで嫌な感じがした。

 前を向いたまま男は潤に質問する。

「君はここで何を?」

 本上はまだかなと思いつつ答える。しかしそう都合良く現れてはくれない。

「あ、えーと……ちょっと友達の用事につきあって来たんですけど、まあ、今はそいつを待っているところです」

 嫌なら本上を探しに行くと言って立ち去ればいいのだが、そうさせない何かがあった。

 疲れて立ち上がりたくない潤の思い込みかもしれないけれど。

 聞いているんだかいないんだか潤が答えている間も前方の景色を眺めていた男だったが、ふと潤の方に顔を向ける。

 相変わらずの笑顔で言った言葉の意味を、潤は一瞬理解できなかった。

「――君は世界を変えたいと思ったことはあるかな?もしくは自分にその力があると思ったことは?」

 笑顔だが、ふざけている感じではない。ただ、この質問も自分ではない誰かに向けられているもののような気がした。

 真意を測りかねた潤は確認するように訊いた。

「……どういう、意味ですか?」

「そのままの意味だよ」

 帰ってきた返事は素っ気ない。

 少しの間潤は考えていたが、彼なりの結論を出した。

「無いといったら嘘になるのかもしれないけれど、そういうはっきりした感じで考えたことは無いです。それは例えば……僕以外の人が僕に都合良く動いてくれたらいいな、みたいな感じで思うことはありますけど、そうできるとは思えないし」

 聞いていた男は潤が話し終わると、感心したように頷く。初めて男の意識が自分の方に向いたような気がした。

「……君は頭がいいな。驚いたよ」

 そう言うとシャツのポケットから懐中時計を取り出して文字盤を見せる。

 時刻の判りにくい複雑なデザインだったが、四時四十五分を示しているのがなんとか判った。しかし。

「え?あの、何か……」

 男の行動に潤は戸惑った。意図がわからない。馬鹿にされているような気がした。

 時計を潤に示したまま男は口を開く。

「今、この間にも時間は確実に過ぎている。当たり前すぎて誰もそのことに関心を示しはしないが――与えられた時間は刻んだ時の数だけ消えていく。……そしてそのことを十分に理解しながらも自分の素晴らしい可能性を放棄するような真似は……罪悪以外の何者でもないとは思わないかな?」

 潤はそれを聞いていたが、何が言いたいのかよくわからない。自分の方を見てはいるが、やはりその言葉は他の誰かに向けてのものだと思った。

 無言の潤に構わず、男はまた問いかける。

「愚かだ、と君が思うことは何かな」

 この質問には答えを求められている。潤は男の視線に逆らえなかった。

「え、えーと――」

「どうかな」

「……まあ、食べたら太るのはわかっているのに食べてしまう自分は愚かだとは思いますけど」

 自嘲気味な笑みを浮かべて潤は言う。そういえばおなか空いたなあと頭の隅で考える。

「これは失礼した。そういう回答は予想していなかったな」

「あ、いえ、別に」

 潤の巨体を眺めて少し考えていた男だったが、再び視線を前方に移してから言う。

「しかし君は本当にそれを愚かだと思っているのかな。私にはそれは自分への慰めに聞こえるがね……そう考えることによって今の自分を正当化しようとしているとは言えないかな。それに。その卑屈な笑いは止めた方がいいな。人に優越感と苛立ちを与えるよ、その表情は」

 一気に言ったその台詞は間違いなく潤に向けてのものだった。

「…………」

 潤は何も言えなかった。心に刃が突き刺されて、でもまだその痛みに気付く前の空白だった。男の方は前方の景色を見つめたままこちらを見ようとはしない。

 そこに相手を痛めつけたときの快感を感じているような素振りは感じられず、かといって何の感情もない、ということでもなくそこには明らかな感情が見受けられるのだが、その正体は掴めなかった。

 潤ははじめに男が苦手なタイプだと感じたのは自分のような存在を馬鹿にしている感じがするから、だと思っていた。だが男の横顔を見て、もっと何か違うものが原因だとわかった。

 何というか――簡単な言葉で言い表せそうなことだと思った。ただその言葉が見つからない。

「余計なことを言ったかな?君は意見を求めているような気がしたのだが、違っただろうか」

「いえ、たぶんそれは本当のことで、図星だからこそ言われたくないけど、言われなければいけないことなんだろうと思いますから」

 痛みがじわじわと感じられてきたが、ここは毅然とした態度でいたかった。ここで腹を立てたり落ち込んだりしたら、どうしようもなく自分がみじめになってしまう。

「……君は本当に頭がいい。なかなかそういう風には言えない――良ければ名前を教えてくれないか」

 笑顔を消して潤の方を見る。それから気が付いたように付け足した。

「ああ、済まない。こちらが名乗ってもいないのに……私の名前は三倉皓一という」

「はあ……僕は下山潤といいます……え?!三倉皓一って――」

 その名前に潤は驚いて訊き返す。丸い目がさらに大きく見開かれていた。

「ん?私は実のところ気が付いてくれているものだと思っていたんだが、違ったようだね」

「あ、はい。……イメージが違ったもので」

 目の前の男は長めの髪を無造作に分けただけでラフな服装だが、潤の記憶にある三倉皓一はきっちりと髪をセットしていて、スーツ姿以外の彼を見たこともなかった。けれど今よく見てみるとすぐに本人だとわかったし、今まで気が付かなかった理由にはならない。

「イメージ?――訊きたいな、君が私にどういうイメージを抱いていて、それがどういう風に変わったか」

 少し楽しそうに彼は身を乗り出した。

「あ、いや……何となくそんな感じがしただけで……」

 そう言って誤魔化す間にどうして自分は顔を知っているはずの三倉皓一に今まで気が付かなかったのか考える。何か違和感のようなものがあって気になった。

「そんな風に誤魔化されると気になるが、本音を聞いてしまったら〝話題の美形青年実業家〟の評価に傷が付くかもしれないと思うと私も怖い」

 笑いながら彼は言う。それもまたこれまでと同じ笑顔だ。

「いえ、そんなことは思ってません!」

 潤は首を振って必死に否定した。その間三倉は潤を見ていたが、何気なく手に持ったままだった懐中時計の方に目をやる。

「時間が来たかな」

 そう言うと彼はおもむろに立ち上がり、懐中時計を胸のポケットにしまった。

「あ、あの……」

 何か言いたいことがあったわけではないのだが、いきなりの三倉の行動に戸惑った潤は声をかける。

 それが合図だったかのように三倉は右手を差し出した。潤は反射的にその手を握り返す。

「君と話せて楽しかったよ、とても」

 最後まで変わらない笑顔で潤と握手を交わすと、そう言い残して三倉は立ち去る。そして広場から、潤が来たのとは違う反対側の道の方へ消えた。

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